ONE BUILDING JOURNAL

ブログマガジン

2025.11.20 UP

身体が触れる空気、声が揺らす世界。 soh souenが福岡で考える「私」と「私たち」

2025年9月20日、「ONE FUKUOKA BLDG. CULTURE MONTH」で開催された「アートツアー&ワークショップ」では、ワンビル館内のアート作品を巡るツアーと、アーティストsoh souen (ソー・ソウエン)さんによる身体表現のワークショップ「息を合わせるってなんだろう?」が行われました。

点描、証明写真、香り、声など、多様なメディアで“私”と“私たち”の関係を探り続けるsohさん。今回行われたワークショップでは、参加者が互いに声を差し出し合い、空気を震わせ、見えない関係の輪郭を感じ取る特別な時間に。福岡を拠点に活動し、国内外で発表を重ねるsohさんにONE FUKUOKA BLDG.に展示された作品や、ワークショップの裏にある思想、そしてこれからの展望についてお話を伺いました。

“空気”を共有することで見えた、他者との新しい関係のかたち

――ワンビルでの初のワークショップはいかがでしたか?

soh:今日行ったワークショップは、「息を合わせるってなんだろう?」というテーマのもと、呼吸や声に意識を向け、身体を使いながら、自分たちの在り方を考えてもらいました。参加者のみなさんも声を出し、身体を動かしながら、アートを体感していただけたのではないかと思います。

ワークショップが始まると、場を共有していることの濃密さのようなものを感じました。初対面の方が多いワークショップだったと思うのですが、参加者同士の関係性が生まれるのがとても早かったように思います。

それぞれが「何かを作る」ワークショップではなく、「雰囲気」や「空気」を一緒に考えるワークショップだったからこそ、このような空気感になったのかもしれません。皆さん感受性の高い方が多いと感じました。

ーーインタビュー直前にもまだ、会場にワークショップの余韻が残っているように感じました。ワークショップはどのようなテーマのもと行われたのでしょうか?

soh:今日のワークショップでは、自分が美術を通してこれまで得てきたことを参加者の皆さんと共有したいという思いがありました。同時に、皆さんから学ばせていただく気持ちも満々なんです(笑)。

最近は「空気」というものにとても興味を持っていて、政治的な意味での空気や、物質としての空気など、さまざまな側面から考えている途中です。特に「この時代の空気」に惹かれているので、その空気感を軸にしました。

ーーワークショップを拝見しましたが、参加者の方が一人変わっただけでも、場の空気が変わるのかなと思いました。終盤に「他の人の声を聞くこと」「沈黙を生まないこと」を指示されていましたが、どのような意図があったのでしょうか?

soh:今回のワークショップでやりたかったことは、すべてあの最後の指示に集約されています。言ってみれば、それを行うための“準備運動”をずっと続けていたのが、このワークショップだったんです。

最初に手を合わせてお互いの感覚を知るところから始まり、手が離れたあとも「空気」という目に見えないものの中ではつながっている。そうした感覚を持ってほしいと思いました。そこには今のような時代のなかでも、それぞれが自分の中に望む世界を持ち、その上で声を上げていってほしいという願いが込められています。

でも一方で、みんなの「望み」は決して同じではありません。その違いを受け止めなければならない状況に、今の私たちは立たされています。頭ではロジカルに理解できても、ではそれをどう実現できるのか。他者の望みを聞きながら、それに応える形で自分の望みを発する。その声が重なり合ったとき、そこにどんな響きや声色が生まれるのか。そうしたことを一緒に考えたくて、このワークショップを企画しました。

ーーワークショップには実験的な側面もあったんですね。

soh:そうですね。参加してくださる方によって、場の空気や響きは毎回まったく違うものになると思います。もしそれがひとつのモノフォニー(単旋律)になってしまえば、それはある種の全体主義にもなりかねません。

むしろ、完璧な不協和音のようなアナーキーな世界線であっても、声を出している側が「これでいい」と受け止められるか、「これでいい」と思えるかどうか、その感覚こそが、いろいろなことを考えるきっかけになるのではないかと思っています。

普段から、声を出す、呼吸をするという行為は、とてもシンプルで誰にでもできることですが、同時に世界を震わせ、空気の流れを変える行為でもあります。だからこそ、どんなに些細な声でも、そこには世界に影響を与える力がある。

そのことを、ワークショップという形で少しでも伝えられたらと考えました。

ーーこの形式のワークショップは過去にも取り組まれているのでしょうか?

soh:実は、初めての試みで、ワンビルでのワークショップがその最初の回でした。参加者の皆さんも最初は少し戸惑いながら、「こんな感じで声を出していいのかな?」と恐る恐る、慎重に取り組まれていたのですが、その姿勢こそがとても良いなと思ったんです。

何かを差し出すように、センシティブでおぼつかない態度って実は、他者と関わるうえでとても大切なことだと感じています。相手を理解した“つもり”になるのではなく、確かめ合いながら関わっていく。

今回のワークショップのような形で他者と向き合うことが、少なくともあの場ではとても意味のあることだったと、僕自身強く感じました。

香り、声、空気。変化するメディアの中で追い続ける“表現スタイル”

ーーワンビル開業時から、sohさんの作品「tieCOM_2501」が2Fのフェイスレコード横の共有部に飾られています。数ある作品のなかからこの1枚を選ばれたのにはどのような想いがあるのでしょうか?

soh:話し合いを重ねていく中で、最終的にあの絵に決まりました。このシリーズを選んだ理由には、2つの大きなきっかけがあります。

ひとつは、僕が大学を卒業して初めて福岡で個展を開いたときに、そのシリーズを発表したこと。もうひとつは、作品のモデルでありオランダ在住のアーティスト、サラ・ミリオと初めてパフォーマンスを行ったのも福岡だったからです。

そうした経緯が重なって、今回は福岡に縁のある、思い入れの強い作品を選びたいと思いました。

ーーこちらのシリーズはsohさんの代表的な作品のひとつですが、ドットで描かれた特徴的なスタイルやコンセプトが誕生したきっかけをぜひ教えてください。

soh:ワンビルに展示されている作品は、大学卒業後に描き始めたシリーズです。大学時代から、証明写真を使った作品を制作していました。その頃考えていたのは、普段自分が「私」や「自己」として認識しているものは一体どんな存在なのか、そしてそれはどのように形成されているのか。ということを、絵を通して探っていきたいということでした。

学生の頃は、記憶や内在性に焦点を当てて作品を作っていたんですが、「自分の身体の内側に、何か本質的なものがあるのではないか」と思って制作を続けていたんです。けれども、4年間取り組むなかで、なかなかうまくいかない感覚がありました。

大学を卒業して福岡に戻るタイミングで、「このままではいけない。自分の考え方を変えないとやばいぞ」と思い、もう一度学び直す中で発想を転換しました。つまり、“自己”は自分の内側にあるものではなく、むしろ外側である他者や環境との関係性のなかに“私の根拠”があるのではないか、という考えに至ったんです。

その関係性をベースに思考を展開させたことが、あのシリーズにつながりました。

ーー思考の転換から今のような形での作品が生まれたんですね。さらにそこから実際に作品を描く過程においてはどのような挑戦をされたのでしょうか?

soh:まずは、点描のような手法で証明写真を描いてみようと考えました。そうすることで、鑑賞者が遠くから見ると人物像として立ち上がるけれど、近づいてその根拠を探そうとすると像が崩れていく。そうした構造をつくりたかったんです。思い立ったときに「この構造は使える」と感じました。

そして点描と証明写真をどう組み合わせていくか考える中で、証明写真を“情報”として捉えることに。その性質を活かし、解像度を落としてピクセル状に変換することで、現在のような作風にたどり着きました。

ーーピクセルシリーズの他に、インスタレーションの作品にも取り組まれていらっしゃいますが、こちらはご自身の中では別のチャネルなのでしょうか?それとも同じ創作というカテゴリーのなかにあるものなのでしょうか?

soh:考えていること自体はひとつの頭から出ているので、すべてつながっているんですが、その思考をどのメディアで表現するのが最も適しているかを、毎回考えています。

絵で描いた方が伝わるのか、インスタレーションという形で空間ごと提示した方がいいのか、それとも自分自身の身体を介した方がより直接的に届くのか。

コミュニケーションとして一番成立しやすいメディアを選びたいと思っていて、その基準で表現方法を決めています。

ーー2020年に実施されていた香りをテーマにしたインスタレーション『mybody, your smell, and ours』もとても印象的でした。

soh:『mybody, your smell, and ours』を制作したのは、ちょうどコロナ禍の時期でした。外に出て人と直接関わることが難しい中で、「匂いを使って何かできないだろうか」とぼんやり考え始めたのがきっかけです。

そこで、個体差のないまったく同じ形の人体を25体ほど制作し、それぞれに異なる香りを入れて“香りのコミュニティ”をつくりました。どれも単体では心地よい香りなのですが、複数が混ざり合うと、必ずしも「いい匂い」とは言えない複雑な匂いになる。その中で、“私”と“私たち”の関係を、感覚を通して提示したいと思っていました。

この作品を発表したのは2020年で、当時はギャラリーに入るにもマスクが必要でした。そのため、香りをちゃんと嗅ぐことができなかったので、僕が本当に提示したかった香りのコミュニティを実現することはできなかったんですけど、そのプロセスまで含めて面白いなと思いました。

ーーそのときどきの時代や社会との掛け合わせにもなってくるからこそ、そういったプロセスまでが作品になるんですね。今のsohさんの気持ちが向いていることや今後取り組みたいことはあるのでしょうか?

soh: 今日のワークショップもそのひとつなんですが、今は空気や声を使ったサウンドインスタレーションを約1年かけて制作しているところです。コンセプトづくりから考えると、すでに制作も終盤に差しかかっていて、ようやく形になりつつあります。

もちろん、ひとつ完成したあともブラッシュアップを重ねる時間が必要なので、長い戦いではありますが、それでも少しずつ終わりが見えてきたなという感覚です。

アートを特別なものにせず、すべての人の思考のきっかけに

ーー今福岡市が中心となって、アートを盛り上げていこうという機運があるなかで、この状況をどのように感じていますか?

soh:日本の中ではまだ珍しい取り組みだと思いますし、アーティストとしてとてもありがたいですね。海外ではパブリックアートがしっかりと根付いている地域も多いので、日本でも少しずつそうなっていけばいいなと思います。

本当に良い作品というのは、見る人に「考えるきっかけ」を与えてくれるものです。それが街の中や人々の目に触れる場所にあるということは、つまり“世界をよくする手がかり”がいろいろなところに存在しているということでもある。だからこそ、こうした取り組みが続いて、作品が少しずつ増えていくことを、個人的にも願っています。

ーー街中でアートに触れられる機会が増えることで、人々にどのような変化が生まれると思いますか?

soh:僕自身は「アート」という言葉だけが先走るのではなく、もっと多くの人のためのものであってほしいと思っています。特に都市の中でアートにフォーカスすると、資本主義と結びついてラグジュアリーなイメージを持たれがちですが、決してそうではありません。むしろ僕自身は、社会のなかで傷ついていたり、ジレンマを抱えている人たちの思考法が広がるきっかけになればという思いで取り組んでいます。

今、生きづらさを感じている人にとって、アートが少しでもアクセスしやすいものであってほしい。そして、アーティスト側もよりオープンに、プレイヤーとして発信していくことが大切だと思っています。その姿勢が企画側にも届けば、相乗効果でアートの可能性はもっと広がっていくはずです。

それぞれが人生をより良い方向に転がしていくためのきっかけを、アートが与えられる。僕は今でも、アートにはそうした力があると信じています。

ーー最後に、ワンビルにsohさんの作品を見に来られる方々へメッセージをお願いします。

soh:とてもシンプルな言葉になってしまいますが、”作品を通して誰かを癒すことができないか”、そんなことを考えながら作品と向き合っています。ワンビルは、街の中のひとつの“中継点”のような存在だと思うので、ぜひふらっと立ち寄って作品を観ていただけたら嬉しいです。

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Interview & Text & Photo_ Yumi hyfielde
Edit_ Taku Kobayashi


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