ONE FUKUOKA BLDG.に彩りを添える書家 中村ふくさん。「ONE FUKUOKA BLDG.」の5F西側演出スペースに、ひときわ目を引く書が展示されています。一見ボーダーのように見える青い線は、実は「福」の文字を100種類の書き方で書いたもの。この独創的な作品を手掛けたのは、書家の中村ふくさん。人形作家の家系に生まれ、幼少期から文字と向き合ってきた彼女の作品には、伝統と革新が共存する独自の世界観が広がっています。今回は中村ふくさんに、書家としての原点や活動、そして今回の作品『喜福』に込めた思いなどについてお話を伺いました。
中村: 14歳上の兄と一緒にテレビを観ながらお絵描きをしていたときのことです。私はまだ2歳で、字も書けなかったはずなのに、CMで映っていた商品のラベルをそっくりそのまま描いていたらしくて。それを見た父が「ふくは文字の才能があるんじゃないか」と言ってくれたんです。その出来事がきっかけで、3歳から書道教室に通い始めました。
中村: 私自身は書道を続けようとは一切思っていませんでした。高校時代は泣きながらお稽古に行くぐらい、どちらかというと嫌いで。高校卒業後、東京にある大学に入学したんですが、2年生のときにコロナが来て学校に通えなくなってしまったのをきっかけに、一度実家に戻ってリモートで授業を受けていました。
そのときに兄から「ふく、今度お酒のラベルを作ることになったんだけど、ここに文字を書いてくれない?」と言われたことから始まって、字を書くお仕事をするようになりました。自分の文字が書かれた商品が並んでいたり、知人や友人に「あの商品見たよ!」と言ってもらえるようになって、「あ!文字を書くって楽しい!」と思うようになったのがきっかけで今に至ります。
中村: 父は「人には必ずひとつ才能がある」と思っていて、私にはそれが“書”だと言い続けてくれました。父も兄も同じ仕事をしているので、小さな頃から家族の食卓では作品の話ばかりでした。でも私はその会話に入れないのがずっとコンプレックスで。だからいつか、自分もその“芸術の土俵”に立ちたいという思いがありました。
兄も、文字の仕事のチャンスを常に与えてくれた大事な存在ですね。兄とは子どもの頃より、大人になってからのほうがケンカは多いかもしれません(笑)でも、逆にそれくらい本気で向き合ってくれているんだと思えるようになって。今では対等な一人の表現者として接してくれるのが、素直に嬉しいですね。
中村: 実は、文字を書くことは私にとって、“好きではないけれど、得意なこと”でした。だからこれまでに大きく悩んだり、困ったりした経験は意外と少ないんです。ただ、大学で“書道をアートとして表現する”道を選んだとき、世の中には「書道はアートではない」と明確に線を引く人もいて。私は「書道もアートのひとつだ」と信じているのですが、いわゆる“書道アート”の世界では、墨を使った抽象表現などが主流で、自分のやりたい「文字を書くアート」とは少し違うな……と、3年ほどモヤモヤしていました。
でもその迷いも、思っていることを全部家族に打ち明けて、一人ひとりの意見を聞いてみたんです。アートに深く関わってきた家族だからこそ、「ふくは書道の枠に縛られすぎているよ」と、率直で的確な言葉をくれて。あの時の対話が、自分の考えを整理する大きな助けになりました。
中村: 実は私、ずっとファッションが大好きで。大学では書道を学びながらも、放課後は真っ先にファッションビルに直行して、ひたすらお洋服を見ていました。書道の話より、洋服を見る時間の方がワクワクしていたかもしれません(笑)
一昨年には3ヶ月ほどパリに留学していたんですが、そのときも午前中は現地の学校に通いながら、午後はアートに触れるつもりが……美術館に行くのは週2回くらいで、ほとんどはデパートやショップ巡りでした。ファッションを見ることが、私にとって一番のインプットだったんです。
そんな中で気づいたことがあって。美術館で大好きなアートに出会って「この作品を持って帰りたい!」と思っても、ミュージアムショップにあるのはアーティストの名前が書かれたTシャツくらいで、アートそのものがプリントされた服って意外とないんですよね。「もしこれがパーカーになっていたら、絶対買うのに!」って思ったときに、私も“自分が着たいと思えるアート”を作って、それを形にしていきたいと思うようになりました。
それ以来、作品をつくるときは「これが服になったらどうなるか?」という視点も意識するようになりました。文字もアートも、もっと日常の中で“着られる存在”になれるんじゃないかなって。
中村: サンフランシスコとニューヨークに行ってきました。福岡の文化をアメリカに発信するイベントに参加する機会があって、現地で書道の魅力を伝えてきました。「チーム福岡」として、クラフト酒を手がける「LIBROM Craft Sake Brewery」さんや、柳川藩主立花邸の「御花」さんと一緒に、“福岡をアピールしよう!”という思いで向かいました。
正直なところ、最初は「私、ここにいていいのかな?」という気持ちもありました。でもいざステージでパフォーマンスを始めたら、それまで食事をしていたお客さんたちがピタッと手を止めて、すごく真剣な目で見てくれて。「Wow! That’s so cool!」って、たくさんの人が声をかけてくれて。本当に感動しました!
そのとき着ていたのが、布に黒と白の墨で直接文字を書いた自作のワンピースだったんですけど、街を歩いていると「その服、どこの?」「めちゃくちゃクール!」って、すれ違うたびに声をかけられて。日本では“書道=地味”というイメージを持たれがちだけど、世界にはそれを“美しい”とか“ファッショナブル”と感じてくれる人がたくさんいるんだって、改めて気づかされました。
私が使っている白い墨は、父と兄が人形の顔をつくるときに使う、貝を砕いて作った特別な素材なんです。人形作家の家に生まれたからこそ選べた色であり、私にとってはひとつの“武器”でもあると思っています。そうやって自分にしかできない表現を探していくことも、書の面白さのひとつですね。
中村: 今、福岡で一番新しく生まれたビルですよね。これから長く、街に愛されていく存在になるんじゃないかと思っています。「天神」と聞いたときに、多くの人が真っ先に思い浮かべるのがこの通りだと思うので、そこに自分の書いた文字が加わるということが、本当に嬉しいです。
設置場所の5F 西側演出スペースを事前に見せていただいたときも、「えっ、こんなに人が通る場所に飾ってもらえるの?」と驚きました。自分の書が、この街の一部としてずっと残っていけたらいいなと思っています。作品としても、長く親しんでもらえると嬉しいです。
中村: 今回の作品は、3つでひとつの連作として構成していて、タイトルは『喜福(きふく)』です。全体を通して100種類の「福」という漢字を使っているんですが、その中にところどころ「喜ぶ」の「喜」という文字を忍ばせています。“喜ぶ福”と書いて『喜福』。この言葉には特別な思いが込められていて、私自身も東京から福岡に戻るときには「帰福(きふく)」という言葉をよく使うんです。
ワンビルは、福岡・天神に新しく誕生したこれからのランドマーク。だからこそ、遠くから帰ってきた人がふとこのビルを見上げたときに、「ああ、福岡に帰ってきたな」と感じてもらえるような存在であってほしい。その気持ちを、この作品に込めました。
構成としては、サイズの異なる3つの「百福」を描いています。小さな福は“過去”の福岡、中央の中くらいの福は“現在”、そして最も大きな福は“未来”を象徴しています。3つを並べると、全体がやわらかく湾曲したラインを描くように配置していて、時間の流れや街の記憶がつながっていく様子をイメージしました。
この場所には、かつて「福ビル」や「天神コア」といった、福岡の人にとって親しみ深い建物がありました。私も高校時代は毎日のようにコアに通っていたので、その思い出が今の作品と自然につながっています。だからこそ、ここに生まれた新しいビルを、私の書でそっと見守れたら、そう思いながら筆を取りました。
「百福」は昔から“飾ると縁起が良い”と言われていて、お守りのような存在です。ワンビルがこの街で長く愛され、福が広がっていくように、という願いも込めています。実際には3枚合わせると100を超えてしまっているんですが、その分、たっぷりと福を詰めこみました。
中村: 普段は黒や白の墨で書くことが多いんですが、今回はアクリル絵の具を使って、青で表現しました。黒だと、どうしても少し強くて重たい印象になってしまうんですよね。特に街中で見上げたときに、黒い文字だと少し“おどろおどろしい”雰囲気になってしまうかもしれないと思って。
でも、青なら晴れの日はもちろん、曇りや雨の日でも空を見上げたような爽やかさがある。どんな天気の日にも、青空に思えるような、そんな色にしたいと思いました。
中村: いずれは、福岡にとどまらず、日本各地、そして世界中に“私の文字がある場所”を増やしていきたいと思っています。お店や街角、建物の中や商品など、言葉を通して空間を彩るような存在になれたら嬉しいです。
そして、作品のテーマとしても、今後もっと「福」という文字にフォーカスした表現を増やしていきたいと思っています。書道って、日本人にとっては“意味”が先に伝わる文化なんです。たとえば「愛」と書けば、誰でもすぐに「愛だ」とわかる。でも、だからこそ難しい部分もあって、どんなにポジティブな思いで書いたとしても、否定的な言葉や重たい意味を持つ文字を選んでしまうと、見る人に“重たさ”だけが伝わってしまうこともあるんです。
その点、「福」は誰にとっても明るく、前向きな気持ちになれる文字。自分の名前にも通じていますし、人に贈っても自然と笑顔が返ってくる。だからこれからも、“見た人の心が少しでもあたたかくなるような言葉”を選び、書いていきたいと思っています。
中村: 一文字ひともじに、心を込めて書きました。天神の交差点を歩くとき、ふと足を止めて、ぜひONE FUKUOKA BLDG.を見上げてみてください。青空のような色に込めた想いが、何かしら皆さんの日常に届いたら嬉しいです。そして、ちょっと目が良い方は、作品の中に紛れた「喜」の文字を、ぜひ探してみてください!
【作品展示場所】
中村ふくさんの作品『喜福』は5F 西側演出スペースに飾られています。
ぜひワンビルにお越しの際は、渡辺通り側から見上げてみてください。
https://onefukuoka-building.jp/art
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Interview & Text_ Yumi hyfielde
Edit_ Taku Kobayashi
中村 ふく(なかむら ふく)
書道アーティスト。2000年、福岡県生まれ。
2021年、大東文化大学を卒業。在学中より数々の書道展にて受賞を重ねる。幼少期から書に親しみ、2011年には成田山全国競書大会にて成田山貫首賞を受賞し、翌年には日中友好青少年書道交流団として中国へ派遣される。以降も、文部科学大臣賞(全国書道展/2017年)、謙慎書道展 特選謙慎賞(2021年)、日展に3回入選など、国内主要書道展において高い評価を得る。2022年に初個展「墨場」をギャラリーマルヒにて開催し、翌年には「墨重」展を開催。伝統と現代性を融合させた作品世界を追求している。その他、題字依頼や多数メディアで活躍。