ONE FUKUOKA HOTEL内に設けられた『LIBRARY LOUNGE』は、宿泊者だけに開かれた、上質さと寛ぎが同居する特別な図書スペース。木の温もりと柔らかな灯りに包まれた静謐な空間で、ドリンク片手に本の世界に没頭したり、自分自身の思考や感性と向き合ったりと、思い思いの時間を過ごせる場所だ。選書を手がけたのは、編集者・ライターの山村光春さん。本への深い愛情がにじむ一冊一冊について、選書の背景や旅先での読書体験の魅力を語ってもらった。
「小学生の頃から本屋さんに入り浸っていましたね」と、幼少期を懐かしそうに語る山村光春さん。幼い頃から本に親しみ、今も編集者・ライターとして公私にわたり本と関わり続けているが、意外にも「選書」を担うのは今回が初の試みだったという。ホテル内の空間装飾を手がけたアートディレクターからの推薦を受け、旅の楽しみを広げる『LIBRARY LOUNGE』の選書を担当することになったのだそう。「“本の虫”だった僕に選書の機会をいただけたのは感慨深いことです」と、山村さんは表情を緩める。
選書にあたり、まずホテル側からあがった大きなテーマは「福岡」だった。地域にまつわる本も取り入れてほしいという要望を受け、山村さんは「福岡」と「本」をつなぐ糸口を探ることにした。
「福岡はアジア諸国との距離が近いことから、韓国や台湾のカルチャーと親和性がとても高いですよね。そこで、いわゆる観光向けのガイドブックだけでなく、九州、日本、アジアへと視野が広がっていくような本棚をつくりました」と山村さん。
「KYUSHU×JAPAN×ASIA」と題されたコーナーには、福岡のグルメ本から地元作家の書籍、九州を舞台にした小説までが幅広く並ぶ。「たとえば松島圭さんの『陽光』は、長崎県の壱岐を舞台にした短編集。人々の生き様や人間模様がとてもリアルで、言葉遣いや描写には郷愁がたっぷり。島の空気感をぐっと間近に感じさせてくれますよ」
「福岡」というテーマを軸に磨き上げた選書は、東京と福岡の二拠点生活を送る山村さんならではの、俯瞰的な視点と編集力の賜物と言える。ものごとを多角的に観察し、そこから本質を見抜き、様々な要素を繋ぎ合わせて新たな魅力を引き出す編集者としての経験が、新鮮味に富んだ面白い本棚というアウトプットにつながっているのだ。
さらに山村さんの編集力が光るのが、キーワードを掛け合わせた企画性だ。ONE FUKUOKA BUILD.のコンセプト「創造交差点」を象徴するように、このライブラリーの選書はジャンルの垣根を超え、本同士が響き合うような構成になっている。
「本屋さんではジャンルごとに陳列されていることがほとんどですが、何かと何かが掛け合わさることによって生まれるシナジーをライブラリーで表現したいと思ったんです。ワンビルのコンセプトに着想を得て、通常とは異なる本の並べ方や選書をしようと考えました」
その結果生まれたのが、3つのキーワードで構成される独創的なコーナーたち。例えば「WORK×REST×THOUGHT」のコーナーは、ビジネスパーソンが多く訪れるホテルだからこそビジネス書を設けると同時に、その対極にある「休む」をテーマにした本を意識的に並べ、さらに「考える」という視点を加えた。
この棚に並ぶ本の数々を眺めながら「働くとは?休むとは?」と根本的なことを思い巡らせる。すると、哲学的な思想が沸き起こったり、あるいは自分の中で考えが繋がっていったり、インスピレーションがより深く、多層的になる。「当初は2つのキーワードで構成する案もありましたが、3つを掛け合わせることで、より発展的で奥行きのあるテーマに広がると感じたんです」と山村さんは語る。
ホテルステイの限られた時間で、たくさんの本をじっくりと読み通すことは難しい。山村さんはそれを前提に、別の角度から読書体験を提案する。
「ホテル内の図書スペースなので、足繁く通うことはなかなかできないですよね。滞在時間も限られていることから、まさに一期一会の場。だからこそ、本のタイトルから感じ取れる示唆や気づき、装丁・見出しをパッと見ただけで心惹かれる体験を、お客様に持ち帰っていただく選書にしたいと思いました」
山村さんが語るように、本は表紙の言葉やデザインからも情報が伝わり、一冊一冊がそれぞれのメッセージを静かに語りかけてくる。本棚を眺め、好奇心の赴くままにパラパラとページをめくり、少し読んでみて心に引っ掛かりがあれば、続きは後から買って楽しむのもいいだろう。旅先で出会う本には、日常の視点とは異なる豊かな感性やロマンが宿っているものだ。
ちなみに『LIBRARY LOUNGE』の選書にはもう一人、福岡在住の松浦葉月さんも参加している。山村さんにとって、松浦さんと一緒に行ったブックディレクションは刺激的な体験だったという。
「彼女と僕はバックグラウンドが少し似ていて、もともと東京に住んでいた方です。以前は奥渋谷にある本屋『SPBS』で働いていて、活版印刷の仕事や音楽関連のマネジメントなども行い、福岡に移住後は平尾にある『くらすこと』の書店でブックディレクションを担当しています。他にもフリースクールのお仕事もされていて、本当にマルチな人です」
互いの視点を尊重しながらディスカッションし、各自が持ち寄った本を吟味し、それぞれの感性を織り交ぜて選りすぐる。「自分が選んだ本を『いっせーのせー!』で発表するんです。被っている本もあれば、想像を超える本が出てくることもあり、互いの意図をいい具合に混ぜこぜにしました。今思えば、選書中も感性や視点を“掛け合わせ”ていたんだなと感じますね」と振り返る。
山村さんと松浦さんの対話から生まれた本棚には、様々なジャンルの本が並び、どれも気になるものばかり。せっかくなので、山村さんにおすすめの作品をいくつかピックアップしてもらった。
「長田弘さんの『世界はうつくしいと』は個人的にとても好きな本。ページを開いた瞬間、言葉が心に染み入る感覚で、一瞬でやられちゃう(笑)。特に凝った表現や言い回しではないのに、たったひとつの言葉だけで心を揺さぶる不思議な力が、この一冊にはあるんです。
『舌の上の階級闘争』は、松浦さんが選んでくださった食のエッセイ本。イギリス料理の社会的側面や食文化について書かれ、通常のエッセイとは異なり、知性やジャーナリズム的解釈が加わっているところが非常に興味深いです。
また、ルイ・ヴィトンの書籍『A PERFUME ATLAS(ア パフューム アトラス)』は、ブランドがどういうインスピレーションから香りを表現しているか、ビジュアルで表現しています。ただのカタログと思ったら大間違い。天然素材のルーツを辿るような想像の旅に誘ってくれますよ」
『LIBRARY LOUNGE』の壁面には、大楠のフラワーベースショップ『Blumo』で扱われるビンテージの花器とともに、国内外のアートブックをディスプレイ。花器と本がたおやかに呼応する一角となっている点にも注目してほしい。
ところで、山村さんは旅先で必ず本屋を訪れるのだとか。「旅先で得られるものは景色や食べ物だけじゃなく、本からも感じ取れるんです。たとえ全国展開されている大型書店であっても、地域の書店員さんの個性や地域愛が本棚に表れていて、細かくこだわって選ばれているんだなぁと見ていて感じます。それこそ、地元で愛されている作家さんの本が多かったりして、その街の“らしさ”がフワンと香ってくる。そんなふうに本棚から地域柄を感じ取るのが、僕の大好きな旅のひとコマ」。
この『LIBRARY LOUNGE』もまた、福岡の新たな側面を映し出す場所となるだろう。福岡を初めて訪れた人も、何度も通う人も、本を通して新しい発見に出会える空間になるはずだ。
「このライブラリーから“福岡らしさ”が醸し出されることを願っていますし、“ONE FUKUOKA HOTELらしさ”を体感してもらえたら嬉しいです」と山村さん。
ソファに腰をかけ、ゆったりと本棚を眺めて考えにふけるのもよし、本を手に取って非日常の世界に飛び込むのもよし。ドリンクやスイーツとともに、自由な過ごし方をどうぞ心ゆくまで。木の温もりと本の香りに包まれた『LIBRARY LOUNGE』で過ごす時間は、自分と向き合う贅沢なひととき、そして思考の旅となるに違いない。
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Interview & Text_ Maiko Shimokawa
Edit_ Taku Kobayashi
山村 光春(やまむら みつはる)
編集者・ライター。1970年大阪生まれ。BOOKLUCK代表。雑誌「オリーブ」のライターを経て、雑誌や広告、書籍、各メディアなどの編集・執筆をはじめ、講座やイベントのプロデュース、京都芸術大学の講師も務める。編著書は「MAKING TRUCK 家具をつくる、店をつくる。そんな毎日」「眺めのいいカフェ」(アスペクト)、「MY STANDARD 大人の自分定番」(主婦と生活社)、「おうちで作れる カフェのお菓子」(世界文化社)など多数。