ランチに仕事帰りに利用した「喫茶 門」人気の「ミックスジュース」復刻に挑む
メニュー復刻に向け、担当者の藤田るみさん(西日本鉄道株式会社福ビル街区開発部)はオーナーを探すところから始めた。
旧福ビル閉館後、年を経るごとに店舗オーナーとの交流は途絶え、転居先不明なことも多い。特に「喫茶 門」は旧福ビル閉館(2019年)前の2008年にすでに閉店していたのだ。
「オーナーの水口邦弘さんの居場所はわかるのか?」。不安は消えなかったが、社内外のさまざまな人の伝手を頼りに連絡がつき、面談が実現。水口さんは突然の申し出に驚きながらもミックスジュース復刻を快諾してくれた。
水口邦弘さん:「『喫茶 門』は純喫茶として開業し、ミックスジュースやクリームソーダが当時のトレンドとして人気だったため、『喫茶 門』でもミックスジュースを提供し始めました。店をたたんで長く隠居暮らしをしていたところに連絡をいただき、お話を聞いた時は本当に嬉しくて、『覚えていてくれてありがとう』と思いました。」
福岡ビル地下街のサイン看板(当時)
レシピがなく、材料は廃番!? メニュー復刻へ暗雲が立ち込める
水口さんの快諾を得た藤田さんの喜びは束の間、その顔が曇りだす。水口さんは「ジュースのレシピはない」という。
材料は、牛乳とフルーツ缶、そしてオレンジコンクと呼ばれるオレンジの濃縮果汁などシンプルなものだった。ミックスジュースは当時のチーフスタッフが考案したもので、水口さんらの味覚を頼りに配合され、提供されていたのだった。
材料の仕入先だった会社に調べてもらうと材料の一部はすでに廃番に。仕入れ先に、類似の商品を探してもらうことになった。
「天神福食堂」を協業する「リングラッツェ」に相談 話し合いを続け、復刻へと動きだす
ミックスジュースは、ワンビル開業後、西鉄と地元の人気イタリアンを手掛ける㈱リングラッツェが共同運営する「天神福食堂」(5階)で提供する。開業準備やメニュー開発に忙しい田村浩治さん(リングラッツェ代表)に「ミックスジュース」復刻という新たな依頼をすることになるのだ。
藤田るみさん:「材料の一部は廃盤となっていることも事前にわかっていたため、そもそも再現できるのか当初はとても不安でした。」
「天神福食堂が掲げるコンセプトから大きくはずれることなく、当時のミックスジュースの味に近づけ、他のメニューの価格とのバランスにも配慮したい」。藤田さんは、そんな相反するお願いを田村さんに依頼。田村さんと話し合いを続けた。
藤田さん:「田村さんから『一度試作してみましょう』と言っていただいた時は本当に嬉しかったですね」
配合を変えながら試作しより良い味に向けて改良を重ねていく
試作は、田村さん、水口さん、藤田さん、ワンビル開発事業統括責任者・花村武志さんら社員が一同に会して行われた。
レシピはなく、水口さんの記憶だけが頼りだ。しかし、そこは飲食のプロ同士。水口さんは田村さんを尊重して細かな注文はせず、田村さんもまた水口さんの意図を理解して柔軟に対応していく。
原料の配合や撹拌時間などを変えていくつか作り、皆で試飲。「もう少しザラッとしていた」「少し色が違う」と言いながら作り直す。試飲を重ねて2時間後、「これが当時の味に近い!」というものが完成した。
藤田さん:「水口さん、田村さんはお互いを尊重し合い、多くを語らなくても分かりあえている印象を受けました。一言二言で味の加減が分かる二人のやり取りは「さすがプロ!」と、見ていて楽しかったです。完成したときは嬉しいというより、ホッとしましたね。水口さん、田村さんはもちろんのこと、多くの社員、材料調達に尽力いただいた当時の仕入先の方など、数えきれない方々にご協力していただきました。復刻にこぎつけたのも皆さんのおかげです」
何度も試作を繰り返す水口邦弘さん(左)と田村浩治さん(右)
試飲を重ねて2時間後、「これが当時の味に近い!」というものが完成
新たな味わいとそれを囲むお客さまの思いが新しい天神のレガシーとなっていく
これから田村さんは、試作品をもとに調達できる材料で天神福食堂流にアップデートしたミックスジュースを完成させるという。お披露目は2025年4月24日(ワンビル開業日)の予定だ。
水口さん:「『喫茶 門』は純喫茶でしたから“癒やしの場”の提供を意識していましたし、ミックスジュースは世代や性別を超えて愛されたメニューでした。閉店後もこうして店名やジュースが残ってくれることを喜んでいます。天神福食堂の開業が待ち遠しいですね」
藤田さんらがメニューの復刻に力を注いだ理由には、“味”だけでなく“場”の復活という思いもある。
「仕事の合間にジュースでひと息ついた」「ジュース飲んでもう少し頑張ろうと活を入れた」「子どもの頃、天神での買い物帰りに母と飲んだ」とジュース一つにも人それぞれの思い出があるように、“味”に店の雰囲気、従業員の顔、取り巻く環境といった“場”が相まって記憶となり、それぞれが思う“天神”をかたどっている。
藤田さん:「ミックスジュースの思い出話で盛り上がる社員たちの様子を見て、メニューや店には世代をつなぐ役割があるのだと改めて感じました。天神福食堂はお腹を満たすだけでなく、ホッとする場、会話の弾む場という飲食店の意義も含めて継承し進化していければ、と思っています」
田村さんはミックスジュースに対する人々の思いに触発され、天神福食堂のための特別な「ナポリタン」を考案中だという。どの世代にも愛される「ナポリタン」はさまざまなシーンのかたわらにいて、“天神”の新たなレガシーとなっていくことだろう。それもまた楽しみだ。
西日本鉄道株式会社福ビル街区開発部の藤田るみさん