木工の名産地・大川の素晴らしい工芸品をCICから世界に発信したい
ワンビルの6Fと7Fを結ぶ大きな「コンビビアル(社交的な)階段」。その階段を上った先にCICがある。ユーザーや訪れる人がまず目にするのがCICのロゴ。そしてその先、エントランスに飾られるアートワークだ。
CIC開設に向けてAnnさんやJaquelineさんと準備を進めてきた天神開発本部・福ビル街区開発部の荒木元太朗さんは、CICの「その土地“ならでは”のものをアートワークに取り入れたい」という思いを受け、福岡の伝統工芸について改めて調べた。そこで「大川組子」のことを初めて知ったと言う。
大川組子は、小さな木材を、釘を使わず一つひとつ組んで精巧な幾何学模様を作り、それを組み合わせてさまざまな図柄を表現する大川市の伝統技法で、約300年の歴史がある。見る方向や光によって表情を変える精緻な文様が美しい。
荒木さん:「福岡には世界に誇れる伝統工芸品がたくさんありますが、博多人形や久留米絣といった有名なもの以外にも、こんな素晴らしい工芸品があったんだなと。CICには国内、また海外からも多くのイノベーターが集まることが期待されます。大川組子の魅力を発信する舞台として、CICのアートワークにぴったりなのではないか。何より、“組み合わせて形をなす”という組子の技法が、ワンビルの『創造交差点』というコンセプトにぴったりだと感じたんです」
そう考えた荒木さんは、ボストンのAnnさんや、CIC TokyoのJaquelineさんとのWEBミーティングで大川組子を紹介。和の美しい文様、木のもつナチュラルさ、大川という地のローカル性の高さ。CICが求めるものと見事に合致した。
わずかな寸法のズレも許されない緻密な芸術、大川組子
文様に込められた意味 五感と経験がつくる芸術に感嘆
「Wow, beautiful!」
「Great, I love that!」
10月、ボストンのAnnさんと東京のJaquelineさんが来福。大川組子の職人、「湊屋」七代目の志岐さんを訪ねた。プロジェクトがスタートして初の対面だ。
組子作品が並ぶ部屋に入った瞬間、感嘆の声をあげる2人。
「どうですか? どんなテイストの組子がいいかしら?」そう尋ねる志岐さんに、「全部素敵!待って、いったん全部見たいの」と、真剣な面持ちで作品に見入る。
Annさん:「この三角や、ダイヤモンドみたいな図柄は、何か意味があるのですか?」
志岐さん:「日本の昔ながらの文様です。これは麻の葉柄といって、魔除けの意味があります。こっちは亀甲文様といって、亀の甲羅をデザインしたものです。」
Jaquelineさん:「色のグラデーションがとてもきれい」
志岐さん:「全部、自然の木の色です。着色は一切していません」
Annさん:「木の種類もたくさんあるのですか?」
志岐さん:「そうです。木の種類によって水分や油分の量が違うから、硬さが変わります。湿度によっても硬さは変わるから、木の状態の変化を計算して組んでいかなければいけません。これは長年の経験がないとできないこと」
CICの外部デザイナーや建築設計を担う担当者なども同席してデザインイメージを話し合う
ワークショップにチャレンジ!体験したからこそ深まるリスペクト
ワークショップにチャレンジするJaquelineさん(左)とAnnさん(左から2番目)
志岐さん:「そうだ!実際に作ってみませんか?」
志岐さんの提案で突然始まったワークショップに、AnnさんとJaquelineさんもチャレンジ。長さや種類の違う木のパーツを組み上げて、伝統模様のパネルを作っていく。
志岐さん:「(木を)ぐっと押し込んで。引いたらダメ。恋愛と一緒ね(笑)」
Jaquelineさん:「うまく入らないわ…」
志岐さん:「木の音をよく聞いて。この音がしたらもうこれ以上入らない。組子は五感を使うの」
初めてと思えないほど器用に組み上げて志岐さんを驚かせるのはAnnさんだ。
Annさん:「もともと手作りするのが大好きなの。だからこのワークショップはすごく楽しい!」
Jaquelineさん:「スペシャルな体験をさせてくれて、ありがとう!」
その後も、さまざまな組子の文様や、和紙との組み合わせ、角度を変えた場合の見え方などを検証し、組子について理解を深めたAnnさんとJaquelineさん。
「光に透かすとこんな感じ」
Annさん:「今日、初めて組子の実物を見て、志岐さんに任せれば良いものができると確信しました。私たちは伝統工芸やアーティストをリスペクトしています。彼女のインスピレーションでどんな作品ができあがるのか、とても楽しみにしています」
対面したからこその信頼関係で特別なコラボレーションに
大川組子は近年、海外企業からのオファーも多く、志岐さんも海外とコラボレーションするのは珍しいことではない。
志岐さん:「でも、今回のCICとの共創は特別。海外企業のお客さまで大川のこの工房まで足を運んでくださった方は初めてです。CICの方やワンビルの方々、建築設計の方、皆さんが実際に作品を見に来てくださって一緒にものづくりができる、それが何よりうれしいです。CICのお2人がここに入ってきた時、雰囲気からインスピレーションがわーっと湧きました。だから今回の作品は唯一無二のものになる。“唯一一品”と私は言っているんですが、こんな貴重なものづくりをさせていただけることに感謝しています」
制作に向けて記念すべき一歩となったこの日。Annさん、Jaquelineさんも志岐さんも、顔と顔を合わせて楽しい時間を過ごしたことで、信頼がぐっと深まった。
関わる人々が組子のように支えあい、ひとつの作品をつくりあげる。
このコラボレーションから生まれるのは、果たしてどんな文様だろうか。
CICと志岐さんの共創は続く。
活気にあふれた昭和の大川。賑わう父の工房が原風景
江戸時代から組子建具制作を生業とし、6代続く大川市の『湊屋』。7代目の志岐浩実さんは、3人姉妹の3女として生まれた。
志岐さん:「当時の大川には組子建具の工房が今よりもっとたくさんあり、父の工房にも職人やお弟子さんがたくさんいました。海外からの研修生も受け入れて、いつも賑やかで華々しい時代でした」
幼い頃から「湊屋はあなたがやっていくんだよ」と六代目の父から言われ、育ってきた志岐さん。
志岐さん:「3姉妹の中で私が性格的に一番父に似ていたからかもしれません。また、これは想像でしかありませんが、末っ子というのは生涯で親と過ごす時間が一番短くなるもの。だからこそ私に仕事を覚えてほしい、プロ意識を養ってほしいという親心だったのかなと」

湊屋は数々の受賞歴がある老舗
師のない若き職人。挑んだのは曾祖父の組子
短大を卒業後、20歳で工房に入るが、「見て覚える」のが職人の世界。分からないことを尋ねる志岐さんに父が言った。
「なぜ聞く? あなたはオギャーと生まれた時から毎日、最高のものを見てきたろうもん、知っとろうもん」
その父も、志岐さんが24歳の時に他界。若くして師もなく、戸惑う志岐さんに、今度は母がこう言った。
「先人から学びなさい」
志岐さん:「そこで、曾祖父が作った130年前の組子の作品を全部バラして、まったく同じように組み立ててみたんです。これは釘も接着剤も使わない組子だからできること。この作業で組子がどんな構造になっているのか、また木片をはめ込む指の感覚などもつかむことができました」
組子は新しく作るより、バラして元通りに組むほうが難しく、3倍の知恵と技術が必要だと言う。曾祖父の作品は志岐さんにとって一番の教科書となった。
苦労も糧。思いも新たに初代の号を受け継いで
それからは父が作った組子もバラして再び組み立てるなど、先人の作品に学びながら高度な技術と独自の感性を身につけていった志岐さん。全国建具展示会での内閣総理大臣賞など、数々の賞に輝くほどの職人となり、元号が令和に変わった2019年、自らの雅号を「七代目 利右衛門」とした。
志岐さん:「『利右衛門』は初代の号なんですが、先祖があって今の私がいる。それだけでなく、私が知らない戦時中も地域を支えてくださった先人たち、その方々への感謝と尊敬の念もこめて、この号をいただくことにしました」
組子に限らず、職人の世界では女性はまだまだ少数だ。
志岐さんの父も「男性でも大変な世界なのに、女性である娘が耐えられるだろうか」と心配していたと言う。
志岐さん:「女性ということでバカにされたり、心ない言葉を言われたりしたことはあります。悔しくて泣きたい時もありました。でも、それは自分がまいた種。実力も経験もまだまだだから言われるんだと」
負けるもんか。そう奮起し、一心に制作に取り組んだ。
「悔しい気持ちがパワーの源になった。だから今では、あの時けなしてくれた皆さんありがとうという気持ち」と、志岐さんは笑う。
鮮やかな色味の木を使うのも志岐さん流
志岐さん:「だから制作中はホコリだらけ(笑)。若い頃はそれがちょっと嫌だなと思ったこともありますが、今はこの汚れが私の誇りです」
何百、何千という小さな木のピースをはめ込んで作り上げていく組子。
季節によって、温度や湿度によって、時には朝と夜で木片の大きさが変わっていることさえあるという。木は生きもの。だから組子制作は「木の声を聴く」ことだと志岐さんは言う。
そしてもう一つ、同じくらい大切にしていること。それは「人を想う」ことだ。
志岐さん:「数ある伝統工芸の中から大川組子を選んでくださり、数ある工房の中から私に依頼してくださった。だからこそ依頼してくださった方が笑顔になれるようにと、常にそれを考えながらデザインしています。今回も西鉄の方とCICのAnnさん、Jaquelineさんが完成作品を見てどんな表情をされるか。そしてワンビルがオープンし、CICを訪れた方々が組子を見てどんな反応をされるか。怖いです。でも、同時にすごく楽しみでもあります」
志岐さんが制作にとりかかって2か月半。
CICのエントランスを飾る大川組子のアートワーク。
最後のピースがはまる音が、カチリと響いた。